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理事長 上昌広
感染症から国民を守れない「日本版CDC」の大問題 関連法が成立「対策の中心的役割を担う」組織 2023/6/16
『結論から言うと、私は日本版CDCの新設には反対だ。なぜなら日本版CDCを作ることで、日本の感染症対策はますます停滞すると考えるからだ。本稿でその問題点をご紹介したい。
CDCはアメリカの国立公衆衛生機関で、健康に関して政府の意思決定を支援しているブレインのような組織だ。科学的なデータをもとに、…公衆の健康と安全を保護することを目的とし、世界60カ国にスタッフを常駐させて、各国の団体と協力体制を築いている。
新設される日本版CDCを構成する主要な組織は、国立感染症研究所(以下、感染研)と国立国際医療研究センター(NCGM)だ。日本の問題は、感染研への依存度が高いことだ。感染研が発表した論文数はわが国が発表した論文数の4.5%を占め、今回の調査対象の8カ国9機関の中で最も多い。この状況は、逆に言えば、感染研以外の研究機関からの発表が少ないことを意味する。』
『…日本のコロナ論文数は、主要先進7カ国(G7)では最低で、トルコと同レベルだ。論文数を人口あたりに換算すれば、チェコ、中国、メキシコ、コロンビア、スロバキアに次いで少ない。何が悪いのか。感染研の研究力が弱いことが問題の真相ではない。下の表をご覧いただきたい。同じく山下研究員が、昨年6月25日時点のG7および中国の政府系研究機関のコロナ論文数を調べたものだ。』
『研究機関といえば、大部分は大学だ。次の表はイギリスのクアクアレリ・シモンズ(QS)社が公表した「世界大学ランキング2023」における世界の上位20大学、アジア・日本の上位10大学のコロナ論文数を示す。
(日本)トップの東京大学でも調査対象34大学中18位で、イギリスのオックスフォード大学の2843報、アメリカのペンシルバニア大学の2287報、中国の香港大学の2600報、北京大学の1210報とは比べものにならない。興味深いのは、このような大学から発表される論文数が、CDCなどの政府系研究機関よりはるかに多いことだ。例えば、イギリスはオックスフォード大学とユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ケンブリッジ大学の4つで同国の論文数の41.5%を占めている。政府系研究機関であるイギリス健康安全保障局(136報、0.6%)とは比較にならない。
アメリカの政府系研究機関である国立衛生研究所(NIH)とCDCの論文数は1376報(3.0%)、906報(2.0%)に過ぎず、このような国家組織や有名大学「以外」から4分の3以上の論文が発表されている。
政府機関と比べて大学からの論文発表が多いのは、コロナ感染症対策が従来型の公衆衛生や感染症研究にとどまらず、臨床医学、免疫学からゲノム医学、さらに情報工学など幅広い分野の専門家の協力が必要になっているからだろう。』
『感染症にかかわらず、近年の医学研究の中心はゲノム研究だ。mRNAワクチンの開発はもちろん、がん個別化医療から腸内細菌研究まで、大量のゲノム情報の分析が必要となる。中心的役割を担うのは医師ではなく、数学者だ。日本(西浦博・京都大学教授は、宮崎大学医学部を卒業した臨床医(数理モデルに詳しいお医者さん))は、このような世界的趨勢に反している。…臨床医学以外に造詣が深い医師が重用されるのが、今の日本の医療・公衆衛生行政の特徴だ。なぜこうなるのかは、厚労省の医療・公衆衛生政策を仕切る人間が、医師免許を有する医系技官だからだ。「医療に詳しい行政官」ではなく、「行政に詳しいお医者さん」という点で前出の専門家と同じだ。
わが国の感染症対策を仕切るのは、こうした医系技官を筆頭に、感染研・NCGMなどから構成される「感染症ムラ」だ。幹部がこうなのだから、組織は問題だらけだ。
その1つが、情報開示に消極的で閉鎖的なことだ。…(情報公開を了承)後、感染研は対応を変え、「出す義務はない」と返事をしてきた。海外の政府系研究機関を私は知らない。多くは元のデータを公開しており、世界中、誰もが分析できるようにしている。
公衆衛生危機への対応が設置根拠法に盛り込まれているNCGMには、コロナ禍で巨額の補助金が流れ込んだ。補助金の総額は、2019年度の6億6997万円から、2021年度の51億8991万円(7.7倍)に増えている。この金はコロナ患者を引き受けるためのものだ。2021年1月の緊急事態宣言発令時には、塩崎恭久・元厚労相は自身のメルマガで、「今でも法的に厚労大臣が有事の要求ができる国立国際医療研究センター(日本版CDC組織)が重症患者をたった1人しか受けていない状態を放置している事の方が問題だ」と批判した。…状況はその後も変わらず、第7波真っ只中の昨年8月3日時点のNCGMのコロナ患者受け入れ率は、(コロナ用)確保病床の40%に過ぎなかった。』
『(バイオテロ対策等を任務とする)CDCなどの政府系研究機関が強いのは、米中だけだ。両国が世界の軍事大国であることを反映しているのだろう。米中以外の先進国でのコロナ研究の主体は、政府系研究機関以外の研究者だ。日本の国情を考えれば、このような先進国に倣うのが合理的だ。
コロナ対策で最優先すべきは、国民の命だ。残念なことに、医系技官や、感染研・NCGMの幹部から、この問題の重要性を語られるのを聞いたことがない。わが国の感染症対策で必要なのはシビリアンコントロールだ。日本版CDCを設置するのではなく、医系技官制度、感染研、NCGMの解体を念頭にゼロベースで議論をすべきである。』
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